フェーズ6は傑作映画―滅亡した世界でのロードムービー―
Netflixで『フェーズ6』という映画を見てみた。
見終わった後に「かなり私好みの映画だなー」と一人唸ってしまったが、それもそのはず。
この映画の監督は『ラスト・デイズ』のアレックス・パストール監督なのである。
『フェーズ6』は致死率100%のウイルスが蔓延した世界で生き残りをかけて、あるビーチに向かって旅をする四人の若者の話である。
ウイルスといってもゾンビや感染者に襲われるとかそんな映画ではない。
あくまで感染して発症したら体から出血をして死ぬ正統派(?)ウイルスなのである。
また、この手の映画にはお約束の「ウイルスよりほんとに怖いのは人間だよね」というシーンも欠かしていない。
監督はきちんとそのシーンも入れている。
が、その「ほんとに怖いのは人間だよね」というシーンを引っ張らないのが素晴らしい。
テンポがいいし、物語が逸れないからである。
そして、忘れてはならないのは、この映画で最も「ほんとに怖いのは人間」の役割をしているのは他ならぬ主人公達である。
だから、主人公達よりも怖い人間が出てきてしまっては、この映画は壊れてしまうのだ。
この映画で思わず唸ってしまったポイントを3つに分けてみた。
・マスクの落書きでキャラクターを描ききっている点。
主人公達は感染しないためにマスクをしている。
映画で登場人物にマスクをさせるというのは諸刃の剣だ。
シーンに緊張感を持たせることができる一方で、誰が誰なのかわからなくなってしまう。
最悪誰なのかわかっても、映画的に見栄えがよろしくない。
顔を覆い隠すということは、映画の中ではモブキャラになってしまうのだ。
この映画ではそれをマスクの落書きで補っている。
おそらくブライアンが提案したであろうこの落書き。
それぞれのキャラが四人の中でどのような立ち位置なのかがマスクに描かれた絵だけで判別できる。
また、マスクに落書きをするという、ちょっとこの世の中を舐めた感じが物語を加速させる。
・背景である自然が美しく描写されている。
この映画は全体にやるせない感じが染み込んでいる。
ウイルスによって死滅するのは人間だけ。
生き死にに必死になり、自ら科したルールに意地になるのも人間だけ。
物語が進むにつれて当初の目的が曖昧になってくる。
ビーチに行って何したいんだっけ?と主人公達にも観客にも疑問が湧き始める。
なんのためにルールを設けたんだっけと、自分達を守るはずのルールはいつしかルールありきの自分達になってしまっている。
主人公達は美しい景観の中ただ車を走らせる。他人から様々な物を奪いながら。
主人公達のどうしようもない感じが人間と自然の対比で残酷に描かれているのだ。
・この映画のキーは車
マッドマックスほどではないが、この映画は車が重要な役割を果たしている。
ガソリンが無くなることは死を意味するし、車から降ろされることも死を意味する。
なにより車から降ろされたらただ黙って孤独の中死を待たなければならない。
映画の序盤で「時に生きることは死を選ぶより辛い」というセリフが出て来るが、まさに車を手放すことはそういうことである。
だから、主人公達は必死になって車を手放そうとしない。
他人を見捨てても、他人を殺しても車を守ろうとする。
それが繰り返されるからこそ、映画のクライマックス、まさにボス戦ともいえるあのシーンで一気に緊張感が走るのだ。
この映画では他にも見どころがある。
例えばダニーの旧友ケイト。
この子って四人の中で一番悪いよねとか(笑)。
なにせ自分では手を下さないけど、ダニーに銃を渡したり、夜な夜な自己中な行動をしたり。
冷静に考えたら結構冷酷でウザい女ともいえるのだが、彼女のどこか温厚そうな見た目と「こんな世の中だからこれくらいの卑怯さは居るか」と妙に納得させる感が彼女を魅力的にしている。
その他、道中で遭った人達のその後がわからないこと。
ブライアンに置き去りにされたあの人達とか、仲間割れをして一人銃を突きつけられたあの人とか。
おそらく無事であるはずがないのだが、最期まで見せてくれないのが後味が悪くて恐ろしいのである。
仮に生きていたとしても、それって幸せなのかな?とも思ってしまう。
『ラスト・デイズ』は最後に希望を見出したが、こちらの『フェーズ6』は後味、というか映画全体の空気感がよろしくない(褒め言葉)。
ブライアンがぬるいビールを口にしては「小便みたいだ」と愚痴をこぼすが、まさにこの映画の総評はそんな感じ(良い意味で)。
ハッピーエンドでもないし、バッドエンドでもない。
これからどうしたらいいのかもわからない。
幼いころの思い出の地で、生き残った主人公達がこれからも生き残っていかなきゃいけないのかと。
まさにビールが飲みたいけど、冷えてないからぬるいまま飲むかととりあえず口にするそんな感じが滲み出ている良い映画だった。