ディストピアものと嫌厭するなかれ。女性の描き方が美しい『トゥモロー・ワールド』
Netflixにてアルフォンソ・キュアロン監督の『トゥモロー・ワールド』を見た。
サターンSF映画賞を受賞しており、アカデミー賞もノミネートしているので事前にこの映画の評価は知っていたのだが、まさかここまで面白い映画とは思わなかった。
ディストピアものは私の大好物なのだが、『バビロンA.D.』と『アイランド』を面白いと思えなかったのでこの手の映画を見る前はかなり慎重になるようになってしまっていたのだが、本作のラストではマジ泣きをしてしまった。
この映画はよく映像面が評価されているが、それは町山智浩氏や前田有一氏が語っているので私のブログでは省く。
省くのだが、一言感想を述べると、「あれ、俺ドキュメンタリー番組見てたんだっけ?」と錯覚してしまうほど臨場感ある映像に仕上がっている。
ありきたりなストーリーにリアルさを持たせる、まさに映画ならではの表現だと思う。
さて、私はこの映画を女性の描き方、主人公が銃を持たない、音楽の使い方の3点で語りたいと思う。
女性の描き方
この映画では女性の一人ひとりを個性的に、生き生きと描いている。
セオとピンポン玉でじゃれあうジュリアン。元助産師として友人としてキーを守ろうとするミリアム。一言も話さないがそこに座っているだけで安心で、家庭的にも感じられるジャニス。主人公達をサポートするマリカ。クライマックスで赤ちゃんの鳴き声を聞き集まってくる女性達。そして今作のヒロイン、いや主人公であるキー。
彼女達の個性は決して説明臭くなく、表情や話し方、服装で表現されている。
特にマリカは最初スラム街で器用に生きている売人かなにかのようにしか見えない。言葉も通じないし、この人を信じて良いのかわからない。
それがキーが赤ちゃんを産んだとわかった瞬間とたんに強くなり、主人公サイドを助ける。
このマリカの行動の変化に映画で言いたいこと全てが詰まっているような気がした。
彼女達が生き生きしているが故に、死んだ時には観客である私達も本気でショックを受ける。
女性がいなくなった途端になぜだか不安になる。
女性が画面に収まっているか否かだけで観客の緊張をコントロールするのはこの映画のすごいところである。
主人公が銃を持たない
この手のディストピア映画では珍しく主人公は銃を持たないし、強そうではない。
本作の主人公セオは過去に活動歴があることはわかっているが、『96時間』のリーアム・ニーソンや『イコライザー』のデンゼル・ワシントン、『ジャック・リーチャー』のトム・クルーズのような「あ、こいつ怒らせちゃまずいんじゃね?」という雰囲気は皆無である。
『ボーン・アイデンティティー』や『キラー・エリート』のクライヴ・オーウェンとは全く違うのである。
一方で『ホテル・ルワンダ』のドン・チードルのような普通すぎる人かと言えばそうではない。
セオは適度に頼りになりそうなオーラはまとっている。
本作のクライヴ・オーウェンは戦いの中での身の振り方はわかっているが、好戦的ではないといった感じなのだ。
そんな銃も携帯しない男が武装している政府軍や反政府組織に狙われるのである。
しかも守らなければならないのは若き妊婦。
これはもう観客はハラハラものである。
主人公が銃を持たないという要素を、この映画では効果的に利用している。
本作では銃を持っている男を暴力的、利己的に描いているのだ。
ルークなんぞは相手を言いくるめるのがうまいDV夫のようだし、シドは利益や機嫌に左右されやすいゴロツキのようだ。
いや、それよりも観客として作中の男達に思わず言いたくなるのは「妊婦の近くで銃ぶっ放してんじゃねえ!!」である。
作中の男達の、子どもが生まれない世界でキーが妊娠していることの重大さがわかってない感じ。
ジャスパーの部屋にある風刺画と合わせると今世界で戦争している我々人類にはちくりとくる演出だ。
音楽の使い方
最初映画を見ていて「音楽の使い方あざとすぎじゃね?」と思った。
映画の前半部分で、ある人が銃で撃たれて死ぬシーンやキーが妊娠しているところを告白するシーンなど。
さすがにそこまで露骨に音楽流さんでもこのシーンの重要性はわかってますよ、とちょっと冷たい目で見てしまった。
が、映画のラスト、マリカがボートで二人を送り出すシーン。
まるでナイル川にモーセを送り出すような神秘的で切ないシーン。
あそこで音楽が流れて私は一気に涙腺が崩壊した。
「今までの悲しいシーンや重要なシーンで流れてた露骨な音楽はこのシーンのための前座だったの?」と突っ込まざるをえない(良い意味で)。
主人公達は銃声の鳴り響く海に出ていよいよ映画の最後へ。
モーセのナイル川とは正反対な三途の川の意味合いもあるのかもしれない。
実は音楽が流れたのはほんの少しだけで、気づけば波の音だけになっている。
そこで映画は終わりこのまましんみりした雰囲気でエンドクレジットかと思いきや「おいおい! そう来る!?」と歓喜せずにはいられない音楽が鳴り響く。
まさにマイケル・ケイン演じるジャスパーのキャラを反映させたかのような展開に観客として嬉しくなってしまうのだ。
そうなのである。この映画は希望を描いているのだから、最後はこうでなくてはならない。
と、まあ単なるディストピアものだろうと舐めてはいけない良作だった。
正直言って子どもが生まれなくなった世界で妊娠した少女がいるなんてアイディアはよくあるのだ。
それを画と音楽でしっかり説得力を持たせてくる。
時間も109分とちょうどいい。
ゲームをしたことある人にしかわからなくて恐縮だが、『ラスト・オブ・アス』を初めてクリアした後のような後味に浸れた。
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